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鯨と碑について

鯨ってこんなに日本人にいつくしまれてきたんですね。
本当に以外でした。


流れ鯨や寄り鯨を捕獲した記録が日本各地の海浜地区で残されており、その大漁ににぎわった事や感謝や追悼を様々な形であらわし記念の碑を建てて後世に伝承していたりする。日本各地の捕鯨を生業としてしていた漁業従事地域では、地域住民が定期的に設けた「碑」にお供えや唄や踊りや音楽(お囃子)などをささげている。仏教において鯨の供養に関連する表記は鯨鯢(けいげい)とするところが多く、「鯨」は雄鯨「鯢」は雌鯨の事である。また一部地域では、クジラとイルカを分けておりイルカは鯆と表記している。また後述中に神社に墓があったり、位牌が奉納されているが、記載の誤りではなく神仏習合の影響と考えられる。(神道と仏教を分け隔てなく供養や祀りをしいる地域も複数あり、個々の名称は「塚」や「墓」など様々であるが、ここでは総称として「碑」とした。なお紹介する例は全体のほんの一部である)

鯨塚---追悼や感謝だけでなく海の神や漁業の神として祭っている。
神奈川県三崎市西浜の地蔵院にある。城ヶ島で鯨が捕獲され1834年(天保5年)に建立されたが「鯨が一頭捕れると七浦が潤う」(七浦とは三浦半島の浦々のこと)という言葉が残されており度々捕獲されていた事が窺がえる。
東京都品川区の利田神社にある。1798年(寛政10年)に長さ15?18メートルの鯨が捕獲され役人や将軍徳川家斉が検分した後、払い下げを受け当時の江戸庶民が潤い賑わった、その感謝と追悼で鯨の頭骨を埋め塚を作った。その後、品川で1822年(文政5年)に漁師達が長さおおよそ20mの鯨を捕獲した記録も残っている。
鯨墓
京都府与謝郡伊根町の蛭子神社には三つの鯨墓がある。祭神の「蛭子」(エビス)は恵比寿と同視される神で、恵比寿と鯨の繋がりが見られる、また神社に墓がある点も興味深い。この墓の謂れには、母鯨を誤って捕獲してしまい小鯨まで死なせてしまったという漁民の後悔から建てられたという話が伝承されている。尚、この時の親子鯨の肉には一切手を付けなかったと伝えられている。
山口県長門市通の向岸寺に鯨墓がある。
鯨碑---長崎県北松浦郡的山大島の真教寺に鯨供養碑がある。1862年(元禄5年)に建立された。
鯨供養塔---大分県臼杵市佐志生に 大鯨善魚供養塔という鯨供養塔がある。
鯆供養塔---伊豆半島に七ヶ所存在しその内、三つが西伊豆町安良里にある。安良里地区はイルカの追い込み漁で随分賑わったとされていて、その技術が伝承され水族館などに鯨類を提供している。
鯨卒塔婆---新潟県両津市片野尾に鯨卒塔婆がある。ここには供養塔もあり、鯨の骨そのもので出来ていて高さ4メートルにもなる。
鯨位牌---宮城県石巻市鮎川の観音寺に鯨位牌がある。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月30日 12:43に投稿されたエントリーのページです。

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